G-SHOCK(だいぶ長文)

晩ごはんの後、風呂場に干した洗濯物を夫と二人で取り込んでいたら、リビングで一人デザートを食べながらテレビを見ていたはずの息子が、今にも泣きそうなこわばった顔をして、廊下をタタタと駆けてきた。
「なんか、なんか...」と言って、リビングの方を指差す。
未知のものを見る表情。
この時点で、私には分かった。

ホラー映画でも何でも、一番怖いのは「そのもの」が出てきたときではなくて、「それ」を見た人の恐怖の表情が写されたときだ。

一縷の望みを託して「何?虫?クモ?」と聞いてみるも、首を傾げながら「むし...?なんか、なんか...」と自信なげに言う息子。
クモならクモと言える息子だ。
もうアレしかあり得ない。

凍りついた心臓を辛うじて動かしながら恐る恐るリビングを覗くと、息子の指差す方に、果たしてGはいた。

息子を抱きかかえて風呂場に走って戻り(と言ってもたかだか3m)、夫に事態を告げ、ひたすら息を潜めて退治してもらうのを待つ。
ただならぬ母の様子を見て、耐えきれず泣き出す息子。
私も泣きたい。

今年、建物の大規模な外壁工事が行われることになったと知った時点で、嫌な予感しかしていなかった。
排水管も少しいじると言っていたし、自分の家は万全に対策していたとしても、他の部屋からアレが移動してくる可能性も高い。
しかも、築15年以上経つ建物に引っ越してきて初めての梅雨。
毒団子は5月早々に家の外あちこちに仕掛け、さらに、一本しかなかった殺虫剤を、念のため部屋のもう一ヶ所に置いておくため追加購入したのがつい先週。
その追加の一本の場所を夫にちゃんと伝えておいたのが、功を奏した。

ただ後から聞くと、夫は息の根を止めるまでスプレーをかけずに、半殺しでトイレに流したらしい。
それを聞いて一瞬夫に殺気立ったけど、いやいやいや。
夫がいてくれなかったら、今日は夜寝ることもできなかったのだ。

落ち着いてから夫に、「ちょっといいかな。これ、めっちゃ大事な話だから。」と、正座して臨む私。
私「結婚してから、家の中にアレが出たのは初めてだよね?」
夫「そうだっけ?前のマンションでも見たじゃん」
私「外廊下とかにいたことはあるけど、家の中ではないでしょ?初めてのことだから、ちゃんと話しとくけど」

以下延々と、私がどんなにアレがダメかを力説する。
病気と思ってもらっていい。だけどそれを馬鹿にしたり軽んじたりしてほしくない。
奴らはほんの少しの隙間で入ってこれる。
アレを見ないために私は最大の努力をしているので(引っ越してすぐ目につく隙間にバチバチに目張りをした・ぬめりを作らないために毎日キッチン排水溝を掃除している・毒餌をたくさん仕掛けている)、外から入ってこないよう、ベランダや玄関をあけるときには重々注意してほしい。
段ボールに潜んで、あるいは卵を産みつけた段ボールから部屋に入ってくることもあり得る。
生命力が強いので、やるときは確実に息の根を止めてほしい。
万一どこか隙間に入り込まれても、絶対に目を離さないで、行き先を見届けてほしい。

さらに、ちょうど昨日、flyingtigerで350円で見つけた伸び縮みする虫取り網(魚とり網という名前だったけど)を念のため買っておいたのだ(タイムリーすぎる!)とその網を取り出して見せたら、さすがに夫も苦笑して、なんとか「軽んじたら離婚問題に発展する」という私の深刻さを分かってくれたみたいだった。

夫には言わなかったけれど、実際に昔、結婚を考えていた人と、別れの遠因になったことだってあったのだ。

あれも確か梅雨の頃だったと思う。
20年近く独り暮らししていて、アレが室内に出たのはたったの一回だったけれど、出たのは特大のやつだった。
それも隣の建物が工事で取り壊されているときだったのだけど、当時は15年ぐらい出ていなかったので(というか、独り暮らししていて初めてだった)、油断してショックがかなり大きかった。
震えながら当時付き合っていた人に電話をしたのだけど、その人はアレを日常的に見ることがない地方の出身だったせいか、実感に乏しくて、怯えまくっている私を、あろうことか笑ったのだ。

ただまぁ、ここまではよくある話だと思う。

そこから一ヶ月ほど経ったとき、今度はその人の部屋にGが出た。
そのとき、彼はめちゃくちゃ慌てながら私に電話をしてきて、すぐに来てくれ、殺虫剤ないからそれも持ってきてくれと言うのだ。
来てくれと言われても、彼の家までは小一時間かかる。
しかももう、部屋着に着替えてごはんも食べ終わり、そろそろお風呂に入ろうかという時間帯。
私が行ってどうなるものでもないので、行けないけど電話はつないでおくから、とにかく追い詰めて殺しなよと応援したら、「冷たいね、もういい」と電話を切られたのだった。

かなり焦っていたんだろうけど、今思うとろくでもない。
だけど私は、アレを見たことがない(かもしれない)人が、独り暮らしの部屋で丸腰で出くわした恐怖を思ったのと、後で自分が後悔しないために(彼との関係を維持するためにできるだけのことはやった、と思えるために)、そこからもう一度化粧をして服を着替えて、電車に乗ってその人の家に向かったのだった。殺Gスプレーを持って。

その一件は、私に、その人との結婚生活を思いとどまらせるひとつのきっかけになった。
彼が笑って取り合わなかった私のピンチが、いざ自分に訪れたときに、この人はこういうことになるんだ、と。
これは、ちょっと結婚できないかもしれないな、と。
それから色々あってその人とは別れてしまったのだけど、この出来事に象徴される彼の態度への判断は、正しかったなと今でも思う。

そんなわけで、私のG恐怖に対するパートナーの態度は、本当に別れる別れないに関わってくる問題なのだった。

アレに関わるものはとにかく目にしたくないので、ひんやりした記念に、アイスクリームの旗の写真でも載せておこう。

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