血豆事件

長男が幼稚園に行っている間に、次男の6,7ヵ月健診を無事終了。
なんだか急にお腹が空いて、早めのお昼ごはんにすることにした。

健診帰りに買ってきたスーパーのお惣菜をササッと食べ終わった直後、舌の脇に違和感を感じた。
何かがくっついているけど、ちょっと動かしてみても取れる気配がない。
そんなくっつくようなもの食べてないけどなぁ...と首をかしげながら洗面所に向かい、鏡に向かって舌を出した瞬間、えっ...と凍りついた。

何か、大きな赤黒い塊のようなものが舌の脇にできている。
1cm以上はある、血豆のような、レバーのような塊。
そんなに大きいできものがあることに、今の今まで気づかなかったことが、信じられないぐらいの大きさ。

口内炎...とは違う気がする。
悪い予感が頭をよぎる。
これはもしかして、舌癌というやつではないのか...。

スマホですぐに調べたものの、悪い情報が目に入ったので急いで見るのをやめ、口腔外科のある近くの歯医者を検索。
妊娠中に歯科検診を受けた歯医者が口腔外科もやっていることを知って、すぐに電話をかけた。
今日は予約がいっぱいで...と言われたけれど、かくかくしかじかでと説明すると、少々お待ちくださいと言われた後、一時間ほど後の時間に入れこんでくれた。
しかも、赤子連れで来てもOKとのこと。

ホッとしたものの、「急な予約を受け入れてくれるほど、危ない症状ということかも...」と不安が募る。
夫に「こういう状況で、これから歯医者に行ってくる」とメールを入れ、急いで準備を始めながらも、頭の中はもう癌のことしか浮かばず、ステージ何だろう、どれぐらいの時間が残されてるんだろう、なんで今まで気づかなかったんだろうと、不安、後悔の嵐。
まだ乳児の次男もさることながら、母親がもうすぐ死ぬ病気だと知らされた長男の、ショックを受ける顔がありありと思い浮かんで、居ても立ってもいられなかった。

神様、どうか癌でありませんように。
お願いだから、どうかまだもう少し、あの子たちと一緒にいさせてください。

震えるように祈りながら、ベビーカーの次男と共に受診した歯医者では、先生が慎重にできものを観察。
患部に時々風を当てたりしている。
先生の顔色の変化を見逃すまいと、普段は閉じている目をしっかり見開いて、先生の目を見つめた。

診察はすぐに終わり、固唾を飲んで先生の告知を待っていると、モニターに写された患部の画像を示しながら、穏やかな口調で先生が説明を始めた。
「悪いものではありません。輪郭がもっとギザギザしてたり、表面が荒れてたり、中に固いものがあったりすると、ちょっと別のことを考えないといけないんですけど、これは輪郭も表面もきれいで、風を当てたら凹んでますよね。つまり、中は液体なんです。なので、まさに血豆のようなものです。噛んでしまった形跡はないので、たまたま毛細血管がちょっと切れたとか、そういう理由で血が溜まったんだと思います。しばらくしたら自然に破れるので、このまま何もしなくて大丈夫です」。

聞きながら全身がホ~ッと緩んでいくのが分かった。

「よかった...癌かと思って...」と思わず口にすると、先生は少し笑って「そうですよね、固かったりするとそういうことも考えないといけないんですけど、これは違います」。
一気に気持ちが軽くなり、気になっていた、妊娠中にできなかった治療の予約までして帰ったのだった。

帰り道は、スヤスヤ寝ている次男を見ながら「あぁよかった、まだまだこの子といられる...」と、その有り難みをひしひしと実感。

帰ってから少しすると、もう幼稚園バスのお迎えの時間。
そんなドラマがあったことなど何も知らない長男が元気よくバスから降りてきて、いつものようにひとしきり走って帰る姿を見ていたら、なんだか本当に大病から帰還したような、この一瞬一瞬が有り難いような心持ちがした。

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血豆の方は、なんとそれから数時間もしないうちに、気づかないうちにつぶれていた。
風を当てたのが刺激になったのかもしれない。
つぶれた跡が口内炎のようになって少し痛かった他は何もなく、いったいあれは何だったのか...とポカンとするような出来事だった。

でも、それがあってからしばらく、長男のわがままにも次男のギャン泣きにも、優しい気持ちで接することができている。
あと数ヶ月しか一緒にいられなかったことを思えば、泣こうがわめこうが、一緒にいられるだけでいい...と。

子どもたちとの時間のかけがえのなさを再認識させてくれた、たった数時間の、一人芝居のような血豆事件であった。