プリン随想

今にも雨の降りそうな中、所用で出かけついでに新店開拓。
有名なムジカティーの紅茶を使っていると聞いていたので、飲み物は迷わず紅茶にして、プリンでひと息。

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固め&カラメル苦めの好みのプリンを食べていたら、昔食べた、感動的に自分好みだったプリンを出すお店のことを思い出した。
カフェではなくれっきとしたフレンチのお店だったのだけれど、料理のおいしさもさることながら、そのとき起こったある出来事と必ずセットで思い出してしまうお店なのだった。

大阪のビジネス街付近にあったそのお店は、当時その近くで働いていた、おいしいお店をよく知る友達が予約してくれていた。
カウンターで彼女と積もる話をしながら、運ばれてくる料理に舌鼓を打っていたのだけれど、時々シェフが厨房内にいるもう一人の見習いみたいな人にちょくちょくイライラしているのが気になっていた。

事が起こったのは、全ての料理が終わり、デザートの感動的においしいプリンも食べ終わり、コーヒーか紅茶を飲んでいるときだったと思う。
横に座っていた友達が、急に「あれ...なんかちょっと貧血かも...」と言い出した。
「え、大丈夫?どうしようか...」と言っていると、少し離れたところにいたシェフがすぐに気づいてくれ、「あたたかいお茶淹れますね」と言ってくれた。
すみません、お願いします...と言いながら友達はちょっと姿勢を崩し、「たぶん大丈夫...ごめんね~」と言いながら休んでいたら、厨房の奥で突然、換気扇の音に混じって何か「ガン」と耳慣れない物音がした。
金属が何か固すぎないものにぶつかるような鈍い音。
その直後に「...こっちが先やろが...!」という、小さいけれど怒りを押し殺したような声が聞こえてきて、その瞬間、あの音はシェフが見習い君の頭を調理バットで叩いた音だ...と私も友達も気づいたのだった。

ちょっと後にすぐあたたかいお茶が運ばれてきたのだけれど、たぶん、お茶より他の注文を優先していた見習い君に、シェフがとうとうキレたのだ。
私も友達もなんだか自分が怒られたようにドキドキしながらそのお茶を飲み、彼女が少し回復してきたこともあって、そそくさお店を後にした。
今でも記憶に残る料理がいくつかあるくらいおいしいお店だったのだけれど(そのひとつがプリン)、そのおいしさを思い出すたびにこの一件を思い出して、私の中でひそかに「暴力フレンチ」と呼ぶ店になった。

暴力フレンチには遠く及ばないものの、系統の同じプリンを食べていたら、ふと自分の見方が少し変わっていることに気がついた。
当時はまだ20代で、完全にその殴られた見習い君視点で「シェフ怖~...ひど~!」と思っていたのだけれど、あの一件に至るまでに、シェフはもしかしたら相当偲び難きを忍んでいたのかもなぁ...とふと思ったのだ。
離れたところにいる客の静かな異変にいち早く気づくようなシェフだから、師匠として、鈍感な見習い君の行動が許せなかったのだろう。
まぁ、だからと言ってそんな行動を、しかも客に聞こえる可能性のあるところで取るなんて、やっぱりちょっとあり得ないんだけれど。

気になって調べてみたら、暴力フレンチは今はもうないみたいだった。
あのプリンがもう食べられないのかと思うと、残念。
見習い君は、ちゃんとしたシェフになれただろうか。