初夏の法事

週末は、義父の七回忌だった。

六年前の初夏に亡くなった義父は、あと数ヶ月で見られた初孫の顔を知ることなく逝った。
76歳だった。
たまたま、滅多にない夫の関西出張中に「お父さんが倒れた」という連絡が義母から入り、予定では一週間程度だった出張を途中で切り上げ、夫は実家に向かったのだった。
長男を妊娠中だった私はその日たまたま義実家方面に出かけていたのだけれど、夕方まで待って夫と合流し、親戚の車で病院に向かった。

結局それから数日して、義父は息を引き取った。
入籍してまだ一年経っていなかったから、私はそのお葬式で夫の親戚にいっぺんに会うことになり、夫の父方母方、遠縁の人から近縁の人まで混じっていたから、しばらくは「あれは誰だったっけ?」と混乱したものだ。

その後、一回忌、三回忌と法事があったけれど、お葬式とは打って変わって少数の身内だけの集まりになり(たぶん、田舎だから誰かを呼び始めたらキリがないのだろう)、盆暮れの帰省と変わらない感じになった。
それはそれで寂しいというか、メンバーに飽きる(笑)感じはある。
夫のきょうだいで子どもがいるのはうちだけで、他は結婚もしていないから、どうしても話がうち中心になってしまい、なんというか、出ていく情報に比べて入ってくる情報が少ないのだ。
集まるのはみんなもう高齢者といっていい年で、活動範囲も地元だから、あんまり新しい話題がない。
子どもの頃、親戚が集まれば「世間話」が始まり、誰それの子はどうしたとか、誰それが亡くなったとか、どこそこに子どもが産まれたとか、結婚してどこに引っ越したとか、そういう話が繰り広げられていて、子ども心に「ふ~ん」としか思わなかったけれど、大人になるとそういう「世間話」もけっこう面白いものだ。
「おぉ、あの人が」とか「あの子がもうそんな年に」みたいな、ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』を見ているような面白さがある。
だけど親戚もめっきり少なくなって、新しい子どももあまり増えず、そんな中で夫の結婚や子どもの誕生は、変化のない親戚界隈に久しぶりにもたらされたビッグニュースだったんだろうなと、今になれば思う。
病院に義父を見舞った帰り、夫の伯父(初対面)に車で送ってもらって軽く食事をしたのだけれど、そのとき来られなかった奥さん(夫の伯母)が「○○ちゃんのお嫁さん(=私)に会いたかった~!」と何度も言っていたと、車内で聞いた。
その気持ちも、今となれば合点がいく。
まぁ、その後すぐにお葬式になってしまったから、その伯母さんにもすぐ会えたのだけれど。

法事の帰りはすっかり夜になった。
亡くなったのが真冬や真夏だったりしたら、法事に行くのも毎回大変だったけれど、幸い(?)季節は良かったから、帰りは爽やかな初夏の夜だった。

次の法事は六年後。