かかりつけ美容院に出会うまで

約一週間のお盆休みは、近場にちょこちょこ出かけつつ、基本的には家でゆっくりの日々。
買い物も単身ではなかなか行けないので、子どもたちを夫に任せて、ドラッグストアや無印へ。
普段は必要なコーナーしか行けない店内を心ゆくまでゆっくり見た後、お気に入りのカフェに移動して一息ついた。

美容院選びの歴史、続編(まだあるんかい)。

これまでで一番長いつき合いの美容院は学生時代を過ごした関西の美容院で、最初に行ったのはもう二十年前のこと。
初めは自転車で通える距離だったのが、仕事で転居して新幹線の距離になり、幸い定期的に仕事で関西に行く用があったので、それに合わせてペースは変えずに通う時期が二、三年続いた。
十年目ぐらいに私がさらに遠くに転居して、仕事で関西に行く用事もなくなり、さすがにそう頻繁には通えなくなったので、たまに関西に帰るときに合わせて年一、二回行くようになった。
このところコロナでそれもすっかり難しくなってしまって、最後に行ったのは二年近く前だろうか。

そこまでして通い続けるのにはもちろん理由があって、とにかくそこのオーナー(Nさん)のカット力が抜群なのだ。
定期的に通えなくなってから気づいたのだけれど、過去の写真を見ていて「このときの髪型、めっちゃいいじゃん」と思って時期を確かめたらNさんの仕事だった、ということがあまりにも多い。
というか、そういうときは百発百中Nさんの仕事なのだ。
しかもそれは、カットに行った直後だけというわけではない。
カットしたてというのはどこの美容院でも髪型がキマるのだけれど、三週間、四週間、それ以上と経ってきても、Nさんのカットというのはそれなりの形にまとまっていて、それがNさんのテクニックのすごいところでもある。

最初にNさんのお店に行ったのは、学生時代の友人の紹介だった。
それまでは何年も、美容院難民として流浪を続けていた。
ちょうど「カリスマ美容師」が流行っていた頃で、技術が良くてもトークがとにかくしんどいお店とか(しかも夜の商売の多い地域にあったので、仕上げを毎回お水系の巻き髪にされる)、スタイリストが多すぎて、気に入った人がいてもすぐ入れ替わってしまうお店とか。

そんなあるとき、信頼のおける友人が「最近行き始めた美容院、ちょっと変わった経歴の美容師さんなんだけど、腕はいいんだよ」と言って教えてくれたのが、Nさんの美容院だった。
古い町屋を改修した一軒家で、内装も普通のピカピカした美容院でない、落ち着いた雰囲気も気に入って通い始めた。
まずは、変な世間話をされないのが楽で何度か通ううち、Nさんの腕の確かさが分かってきて、姉にも紹介してみたところ、姉もすっかりお気に入りに。
遠くに住んでいたにも関わらず、姉一家全員顧客になってしまった。

ただ、Nさんはなかなかにクセの強い人物でもあった。
通い始めた当時、Nさんの美容院にはNさん以外にスタッフが2~3人いた。
一番初期からいる女の子(ポジション的に秘書っぽいので「秘書ちゃん」とする)と、あとは男性スタッフ。
一番下のアシスタントはちょくちょく入れ替わっていたものの、男性スタッフは定着してきて、それぞれに付くお客も増えてきたな、という頃にちょっとした事件が起こった。

Nさんはよく言えばストイックで職人肌、悪く言えば自信家で他人に厳しく、そしてちょっとナルシスト(笑)
問題は、それが隠せず滲み出てしまっているところで、私や姉はその滲み出しが別に嫌いではない...というかむしろ面白がっているのだけれど(いつもどちらかが行くたび毎回ネタにしてしまう笑)、ダメな人はダメだろうなという感じ。
お客さんはまだ短時間の関わりだし、Nさんはこちらが求めない限り余計なトークはしないのでいいのだけれど、たぶんスタッフの中には耐えられない人もいたのだろう。
あるとき(通い始めて数年後?)、秘書ちゃんを除く全てのスタッフが一斉に辞めてしまう、という事件が起こった。
私と姉はこれを「○○(←店名)の乱」と呼ぶ。
辞めたスタッフに付いていってしまったお客もいたし、そこからしばらくは、若いアシスタントが入ってはすぐ辞めるを繰り返したりして落ち着かなかった。
私と姉はNさんの人柄というよりはカットに信頼を寄せていたから、別の美容院に移るということは考えなかったけれど、予約が取りにくくなったり、同じ時間帯に複数のお客が集中したりして、ちょっとサービスが落ちたなという時期もあった。

ちょうどその少し後だったか、中学からの親友が家族で通う美容院がNさんのお店の目と鼻の先ということが分かり、しかもその美容師さんはNさんと同じ海外の有名なヘアサロンで修行していたというので、カットの腕も確かだろうと、興味本位で一度そこに浮気してみたことがある。
その美容師さんはNさんと修行時期が重なっていたときがあるようで、私が長年Nさんの顧客だということも伝わっていた。
美容院を乗り換えるとかそういう感じではなく、向こうにも「親友から聞いてちょっと試してみたくなって」という気軽な感じで伝わっていたからか、比較的ニュートラルな感じで受け入れてくれた。
彼とNさんがどういう関係性かは分からなかったけれど、彼がNさんの腕の確かさについては同意した上で、控えめに「ただ、育てるのがなかなかねぇ...」と呟いていたのが印象的だった。
はっきりとは言わなかったけれど、彼の見立てとしては、Nさんは自身の腕は確かであるものの、後進を育成していくという点ではなかなか難あり...ということのようだった。
それは、分かる。(笑)
お店も近いし、もしかしたら○○の乱についても何か聞いていたのかもしれない。

その後Nさんのお店には、何度か新人が入ったものの長くは続かず、最終的にNさんは秘書ちゃんと二人だけでお店をやることに決めたようだった。
その体制になってからは、お店もグッと落ち着いた感じ。
たぶんそれがNさんのお店にとって正解だったのだろう。

秘書ちゃんについては、Nさん以上に気になっていて、私は時々なんとなく彼女の人生に思いを馳せてしまう。
おそらく私と年がそう変わらないと思われるので、もう四十代にはなっているんじゃないかと思うのだけれど、今でも雰囲気は若い頃と同じ。
昔からとても可愛い人で、控えめだけれど芯は強く、○○の乱のときも、事態を冷静に見た上で、自分の意志で残ることを決めたんだろうなという感じ。
おそらくずっと独身で、きっと結婚や出産について迷った時期もあったんだろうけど、ずっと現役でNさんとの仕事を続けている。
勤続が長くなったからと言って態度が大きくなることもなく、最初の頃と同じようにNさんを静かに支え、たぶん言うべきときには率直に意見し、Nさんも秘書ちゃんに感謝しながら働いているのが分かる。
彼女の存在も、Nさんのお店に通い続ける上で、ひとつの大きな安心材料になっている気がしている。

最後にNさんのお店へ行けたのは次男を産んだ数ヶ月後、ちょうど産後の抜け毛でどうしようもなく髪型が決まらない時期だった。
さすがに、髪の量が少なくなるとNさんでも限界があるだろうと覚悟して行ったのだけれど、出来上がってみたら「えっ?!パーマなしでこれ?!このボリュームどっから来たの?!」という驚きの仕上がりになっていて、さすがNさん...と唸ってしまった。

今はもう、行けたとしても年に一回ぐらいではあるけれど、自分の中で「かかりつけの美容院」はNさんのところだと思っている。
今年のうちに行くのは難しそうだけど、来年は一回ぐらい行けたらいいな。