よるくまに会いに

甥っこが幼稚園児だった十ウン年前、会いに行くたびに何かちょっとしたおみやげを買って行っていた。
その頃、何で見つけたのか忘れたけれど気に入って買って行き、以降甥っこはもちろん、私や姉の間でもずっとロングヒットしていた絵本『よるくま』。
絵本の中の言い回しが私や姉の間でしょっちゅう使われるほど、生活の一部のようになっていた。

f:id:coffeesofa:20210620170441j:plain

その『よるくま』作者の酒井駒子さんの展覧会が東京で開かれるというので、これは絶対行きたいと思っていた。
甥っこから十ウン年ぶりに戻ってきた『よるくま』は息子も大好きなので、一緒に連れて行ってあげたいけれど、二人で行くと私がゆっくり見られないことは確実なので、結局家族総出で見に行くことに。

立川に一年ほど前にできた新しい美術館は、コロナもあって人も適度に少なく、快適だった。

f:id:coffeesofa:20210620173520j:plain

たくさんの原画が展示されていて、とても見応えがある展示。
酒井駒子さんの絵は下地に黒を塗り、その上に描かれているとのこと。
それで、あの独特の色味なんだと納得。
見ていると、普通に白地に描くよりも、その方がもしかしたら現実に近いのかもしれない...とすら思わされた。
光がなければ見えるものはすべて黒一色。
そこから、光の当たるところだけが色付きで浮かび上がってくるのだ。

f:id:coffeesofa:20210620174144j:plain

酒井駒子さんの描く「子ども」は、本当に可愛らしい。
額のまるさや頭の大きさ、顎や口元の小ささ、おしりのプリッとした感じや、幼児体型のお腹の出っ張り。
子どもの姿勢も本当によく描かれていて、見ているだけで抱きしめたくなる。

f:id:coffeesofa:20210620173808j:plain

「よるくま」の原画コーナーは黒い簾のような幕で囲われてあったりして、展示のレイアウトもとても素敵だった。

同時開催されていた「ぐりとぐら展」には子どもがちょっと遊べるコーナーもあって、長男はそこを見つけるや否や遊びまくり。

f:id:coffeesofa:20210620174423j:plain

f:id:coffeesofa:20210620174822j:plain

一人で息子を連れて来ていたらほとんどこのコーナーにつき合わされるだけで終わってしまっただろうので、夫も一緒に来てもらって大正解。
ゆっくり原画を堪能できたし、息子も大好きなよるくまを見られたし、ぐりぐらコーナーで遊びもできたし、充実の美術館体験だった。

匂いはタイムカプセル

朝夕、幼稚園バス停までの送迎に蚊が出るようになった。
去年までは虫除けスプレーで対処していたけれど、そういえば夏の終わりに雑貨屋さんで携帯蚊取り線香を買ったのだった、と思い出した。
小さい渦巻きが入れられるサイズの、ベルト通しなんかにぶら下げられる容れ物。
今こそ使い時だと、さっそく使ってみることにした。

f:id:coffeesofa:20210618162707j:plain

効き目はバッチリ。
使い始めて一週間経つけど、蚊がまったく寄ってこなくなった。
抱っこひもの次男にも、私にも、手をつないでいる長男にも。

どうしても髪や服に匂いはつくけれど、昭和に育った私にとって、蚊取り線香の匂いはむしろ懐かしくて好ましい。
長男を見送ったら火を消して玄関に置いておくのだけれど、玄関にうっすら漂う蚊取り線香の匂いを嗅ぐたび、どうしようもなく夏の記憶がよみがえる。

小学校のプールの塩素や、プールバッグの匂い。虫さされ後に塗るムヒの匂い。花火が燃え尽きる直前の、どこか酸っぱいような火薬の匂い。年に一度、祖母の家の屋上から見る花火。地蔵盆で配られるおにぎりの味。お盆休みに行く家族旅行の、海水浴の海水の味。浮き輪の匂い。日焼けしてめくれた肩の皮。

中学に上がる頃からは、蚊取り線香ではなくベープマットや液体ベープを使うようになった。
だから、蚊取り線香の匂いで思い出すのは圧倒的に小学生時代の記憶だ。
そして、小学生が終わる頃に昭和が終わって、時代は平成になったから、蚊取り線香の匂いは昭和の記憶になった。

平成の終わりと令和の初めに生まれた息子たちは、蚊取り線香の匂いで何を思い出すだろうか。

退化した夫の台所

二年ほど前に始まった、夫が食事を用意する日。

coffeesofa.hatenablog.com

 

一年前ぐらいまでは約束した形で続いていたのに、いつのまにかなんとなく形が崩れてきて、予告なく「今日なにか作ろうと思ってるんだけど」と当日にいきなり言われるようになっていた。

作ってくれる日はそれなりにあるのに、なんかやりにくいな、なんでだろうと考えていたら、最初の約束「最低でも一週間前には作る日(私が料理を休める日)を決めて予告する」が崩れていたことに気づいたのが先日だった。

 

いつから崩れたんだろうとふりかえると、たぶん、出産前後。
あの頃は本当に料理するのがひと苦労だったから、夫が作ってくれると言えば当日の思いつきでもありがたくお願いしたし、産後はそもそもほとんど任せていたから、そのあたりで「夫料理の日」という特別な日がなくなっていたのだ。
その後、私が徐々に台所に立てるようになって、いつのまにか夫は料理を定期的にしなくなり、思いついたときだけ急にやる、に退化してしまっていたのだった。

 

それに気づいて、もう一度仕切り直し。
というか、料理のみならず、他の家事も最近夫に一任しているものがめちゃくちゃ杜撰になってきていて(洗濯物を一週間畳まずに放置してしわくちゃにするとか、お風呂洗いは隅っこに赤カビが出ても放置するとか)、久々に私がブチキレたというのが正しい。

 

「作る日は一週間前には予告してって言ったよね。作りおきしたのに急に作るって言われても、余るだけなんだけど(怒)」
「あと、作るのが楽で大量にできるからってカレーやシチューばっかり作るけど、カレーやシチューは普段料理してる人が、たまに休みたいときに作る切り札料理だから(怒)。たまにしかやらない人にその切り札使われたら、私全然休めないから(怒)」
「それから、メイン、メインみたいな作り方やめてよね(怒)。肉じゃがとカレー、とか同じ日に作られても困るから。主菜、副菜がうまくチェーン状につながっていくように毎日考えてるんだから、そこに合うように作ってね。わかんないなら聞いて(怒)」

 

などなど、言い始めたら出てくる出てくる。
私、こんなに不満溜めてたんだ...と思いながら、とりあえず料理に関することは伝えて、夫に反省を促した。

 

そこから半月、やっと以前の「予告した上での、夫料理の日」が戻ってきた。
作ったばかりの塩麹を使った汁物やお肉、ホットクックで作ったと思われる副菜、買ってきたお惣菜など。

 

f:id:coffeesofa:20210613101507j:plain

最近、晩ごはんに「外でこれを食べたとしたら、の値段」をつけるのが流行っている我が家。

私がやり始めて、たとえば「鶏むね肉とトマトとパプリカの塩麹煮、キュウリとハムのケチャップ炒め、朝採りとうもろこしのコーンポタージュ、十五穀米ななつぼしの炊きたてご飯、夜の定食なので1800円(アルコール付きで2300円)」など。

今回夫の作ったのは「お肉、豚汁、しぐれ煮、ひじき、炊きたてごはん、デザート、飲み物なし1280円、飲み物あり1500円」とのこと。

メニュー名が大分いけてないけど、価格は私より抑え目(笑)
たぶん、「ビジネス街で昼中心にやってる定食屋」って感じだな。
私は「丸の内あたりのおしゃれカフェで食べる晩ごはん」という設定なので、強気の値段。
まぁ、実際支払うわけではないので、強気の設定にしておいて、ブランド感を高めるという作戦なのだった。

 

ビジネス街の夜定食、味はなかなかで、ノンアルコールビールもおかわり。
大変美味しゅうございました。

発酵生活

自家製ヨーグルト第二弾は、作ったヨーグルトを種にした、名づけて「まごグルト」。

f:id:coffeesofa:20210612231637j:plain

これが、また味が違った。
自家製ヨーグルト第一弾(=子グルトとする)より、酸味がかなり強く出たのだ。
最初に種にした市販のヨーグルト(親グルト)よりも酸っぱい感じ。

これはちょっとなぁ...作れるのは子グルトまでだろうか...
と思ったけれど、何のことはない、一晩冷蔵庫に入れておいたら、酸味が弱まってまろやかになったのだった。

う~む。発酵食品の不思議。

翌日は塩麹にチャレンジ。
スーパーで米麹を買ってきて、塩と水を混ぜてホットクックに投入したら、6時間後には立派な塩麹ができあがっていた。

f:id:coffeesofa:20210612225336j:plain

塩麹、あんまり使ったことはなかったのだけれど、何に使ってもおいしいと聞いたので、とりあえず塩代わりに使ってみたり、下ごしらえの肉を漬けてみたりしている。
味は、うまみのある塩味という感じだ(←そのまんま)。
塩ほど尖っていない塩味、といったところか。

ヨーグルトと塩麹が冷蔵庫に常備されていると、毎日どちらかは食べる機会があるから、発酵食品を生活に取り入れやすくなった。
何が改善されるのかはまだよく分かっていないけれど、とりあえず体に良さそうではあるので、このペースで取り入れていきたい。

4歳のボキャブラリー

最近の長男の記録。

去年は触れもできなかっただんご虫に、今年はハマっている模様。
梅雨時はそのへんにうじゃうじゃいるから、見つけるたんびに「あ、だんごむし!あ!ここにも!」と、バス停までの道が全然進まない。
先日は「ねぇ、○○くん、だんごむしいっぱいもってるのに、かーしーて、っていってもかしてくれないんだよ」と不満げに訴えてきたので爆笑してしまった。
だんご虫の貸し借り(笑)

体操の時間には、新たな種目が始まった様子。
「きょうたいそうで、ちゃいろいはこのうえに、しろがあって、ちゃいろいはこに、すうじがかいてあるやつ、やったよ」。
それは跳び箱ですね...(笑)
その数日後、「きょう、ちゃいろいはこのやつ、おしりつかないでできた!」と報告。
「せんせいに、ナイス!っていわれたよ。ナイス!っていうのは、いい、ってこと」。
幼稚園での様子が目に浮かぶ報告、ママは楽しみにしています。

家では、パパに作ってもらったロフトベッドで一人寝ができるようになった(と言っても、同じ部屋ではあるけれど)。
IKEAで買ってきた布団カバーもつけて、ちょっとした基地みたいになっているのが気に入っている様子。

f:id:coffeesofa:20210611171751j:plain

遊びは、とにかく乗り物遊びが好き。
自分が運転手になったり、時には自分が乗り物そのものになっていたりする。
この間は「ねぇ、まるちゃん、おこられたら、からだのなかが、ドキドキってエンジンになるんだよ」。
またあるときは、眠そうにしているときに「もうすぐおやつなのに」と声をかけると、ハッとして「ママがおやつっていったら、エンジンがぶるん!ってかかった」。
完全に、車の気持ちになってるんだね(笑)

食べ物関係では、苦手だったショウガにチャレンジすると言い出した。
おろしショウガを食べさせてみたら食べられて、嬉しかったようで「ねぇ、ショウガたべれたよ」と何度も。
その後も「パパにもいおう」「あしたようちえんで、ショウガたべれるってせんせいにいおう」とめちゃくちゃアピールしていた。
ショウガは大人の味(笑)

限られた語彙でいろんなことを表現してくれるのが、おもしろくて仕方ない今日この頃。

家族の風景

幼稚園バス停の行き帰りに通る道に、大きな枇杷の木がある。

f:id:coffeesofa:20210610200343j:plain

すごくたくさん実がなる木で、これが枇杷の木であることに去年気づいて以来、とりたいなぁと思い続けているのだけれど、とるには枝が高すぎる。
毎日長男と見上げては「とりたいねぇ。とれないねぇ...」と言い合っては行き過ぎていたのだった。

そんなある日、ひと枝だけ、がんばれば届きそうな枝があるのを発見。
がんばれば、と言っても丸腰では無理で、何か道具が必要。
自転車のサドルの上に立つことができれば届く、ぐらいの高さなのだけれど、どうすればとれるか、毎日思案して、ひとまず夫が休みの日に一緒にトライしてみることにした。

「そんなにとりたいの?」と苦笑する夫を連れて、家族総出で(←子ども二人を置いて行けないので)枇杷の木のもとへ。
自転車を持ってきてみたものの、立ち上がるには不安定でやっぱりダメ。
助走をつけて跳んでみたものの、鈍くさすぎる姿に夫を爆笑させただけで終わる。
まぁ、「ダダダダ!ストップ、ぴょん。」って感じで跳ぶから、助走の意味はない(笑)

棒があればなぁ...と呟いたら、長男が「はしっこがまがってて、ながいぼうがあったらいいのにねぇ」。
枝を引っ掛けるための形(かぎ棒)を、ちゃんと理解してるんだ!と思わず笑ってしまった。

やっぱりダメかぁ...これ以上熟すと落ちるか鳥が食べるかだよな...と思っていたら、そこへ運良く、お掃除の人が通りかかった。
掃除用具をいっぱい積んだカートのようなものを持っていて、長いホウキや熊手がある!

サササッと走り寄り「すみません、その熊手、ちょっと貸してもらえませんか?」とお願いしてみると、枇杷の木を見て状況を理解してくれたようで、快く貸してくれた。
「やったー!」と喜ぶ私と長男。
さっそく枝を引き寄せ、苦笑している夫に「ほら、早く!」と声をかけ、実をもいでもらった。
本当は一人一個ずつ欲しかったけれど、欲張りと思われても何なので、二つだけ。
「まるちゃん、とれたよー!」と、あたかも子どもがやりたがるのにつき合ってあげている親、みたいな顔をして、お礼を言って熊手を返し、家に戻ったのだった。

f:id:coffeesofa:20210610200127j:plain

野生の枇杷なのでそれほど期待はしていなかったのだけれど、冷やして食べてみたら、これが思いの外美味!
果汁がしたたるほどみずみずしくて、長男も「おいしいねぇ!」とまるまる一個ペロッと食べてしまった。
夫もひとくち食べながら、私の鈍くさい姿を思い出してまた笑っていたけれど、そういう姿こそが思い出になるんだからな~。
いつか夫が死の床に臥したとき、初夏の夕陽に照らされながら必死に跳んでた私を思い出して、泣いてもしらないからな~。

長男にとっては初めて食べた枇杷
彼も、きっとこの日のことを覚えているだろう。
鈍くさい母の姿とともに(笑)

時を重ねる

表参道に行ったのは、もうすぐ迎える自分の誕生日プレゼントを買うためだった。
去年は欲しいものがなくて特に何ももらっていなかったのだけれど、今年は「これが欲しい!」というものが明確に出てきたので、夫にリクエストしたのだ。

それがこれ。

f:id:coffeesofa:20210605141353j:plain

アルネヤコブセンの「ステーション」のウォッチ。
二年前のゴールデンウィーク、友達が時計を買うのにつき合ったのだけれど、そのときに見たこの文字盤が二年かけてじわり、じわりと効いてきたのだ。
駆け抜けたゴールデンウィーク - 珈琲とsofaのあるところ

これまで使っていた腕時計はもう20年ぐらい使っていて、それは気に入っていたからというより他に欲しいものがなかったからだった。
壊れたわけでもなく、他に欲しいものがあるわけでもないから変える機会が全然なく、気づいたら20年経っていた。
でももともとすごく好きで買ったというよりは妥協して買ったものだったし、なんだか年齢に合わなくなってきている気がして、ずっとそれとなく探していたのだ。

この時計はベルトが何種類もある中から自由に選べて、文字盤も大中小×2色ある。
ベルトの素材と色、文字盤の大きさと色、掛け合わせると何十ものパターンがあって着けてみないと分からないので、わざわざ店舗に足を運んだというわけ。
迷うだろうなとは思ったけれど、まぁ迷いに迷って、一時間、いろんなパターンを着けたり外したりしてようやく決まった。
こっちの文字盤は生産終了でもう在庫のみ、と聞くとそっちに傾いたり、今はいいけど老眼になったときを考えると大きい文字盤がいいかなぁ...と思ったり。
でも結局、いつ来るか分からない&どれくらい見えないか分からない老眼より、今この年齢でトキめくかどうかだ!と決断。
私と同年代と思われる店員さんは、根気よく感じよくつき合ってくれて、最終的に彼女も「この組み合わせいいですね~!」と気に入っていた組み合わせに決まったのだった。

とにかく文字盤の視認性がいいのと、キラキラメタリックすぎない質感と、文字盤がほんの少しすり鉢状になっているところが気に入っている。
そして何より、薄くて軽い。
前の時計は重かったから、最近は着けていてもなんとなく外してしまうことが増えていたのだ。

買ってからふと気づいたけれど、前回(二年前)夫にリクエストした誕生日プレゼントも時計だった!
前回は壁掛け時計だったけど。
「一緒に時を重ねていく相手」ってことかしら。