みじん切り機能が大活躍している。
なんとなくそんな気がしていたけれど、みじん切りの野菜が入った料理を自分がこんなに好きだったことに、あらためて気づいた。
お好み焼き、ガスパチョ、キーマカレー、なすと挽き肉の味噌和え、ミートソース、ハンバーグ、餃子、つくね...
あれ。好きなのは挽き肉料理かも。
春に引っ越した友達が所用で上京。
休日だった夫に途中で息子を引き取りに来てもらいつつ、おしゃべりランチ。
2ヶ月ぶりに会った息子は、開口一番「おっきいね~」と笑われていた。
一度ハマるとしばらく同じ人の本ばかり読む傾向があって、最近はずっと益田ミリづいている。
味わい深い「すーちゃん」シリーズ。
第三弾の「どうしても嫌いな人」は、何とも言えず、ジワジワジワジワくる一冊だった。
そうそう。
日常で避けられない嫌いな人がいるときの、あの気の重さ。
ひとつひとつは些細なことなのに、だんだんだんだん持ち重りがしてきて、気づいたときには毎朝辛くなっているあの感じ。
読んでいるうちに、主人公のすーちゃんと同じペースで、気持ちがどんどん重くなっていくのだった。
些細なこと、と最初は思うんだけど、
こういう気の重くなり方をするときって、実は些細なことなんかじゃなかったりする。
悪意のある人が、最初は隠し気味に悪意を向けてくるから些細に見えるだけで、そこにちゃんと大きい悪意が隠れているのだ。
その隠された悪意の大きさにいかに早く気づいて、そこからいかに早く逃げられるかがポイントなのだ。
昔に比べると、逃げ足が早くなったと自分でも思う。
逃げるのは恥じゃないし、役に立つのだ。
しとしと、しとしと。
濡れた路面を走るタイヤの音が、近づいたり遠ざかったり。
通勤時間には、バスのエアブレーキ音がそこに混じる。
おでかけ予定を中止して、おうちで地味に過ごしている。
こういう日もまた、嫌いじゃない。
息子は最近「嘘泣き」をするようになった。
いや、嘘ではないのかもしれないけど、本気泣きじゃないやつ。
何とかしてくれるのを期待して、顔がちょっと笑いそうになっていたりする。
もしくは、「え~ん!」と言ってはみたものの、長続きしない。
「自分で泣き止めるのに泣いてるのを嘘泣きって言うんだよ!」と息子に言ってみたら、
横にいた夫が「ほぅ。」と感心したので、なんかすごいことを言った気になった。
夏の暑さになった週末の朝、息子の肩にぷっくりと赤い腫れ。
初めて着せた夏物の服がダメだったかと着替えさせてみたり、冷やしてみたりしたけれど、結局一日引いたり悪くなったり。
翌日も同じ様子だったので、初めての皮膚科へ連れて行くと、蕁麻疹とのこと。
私も夫も花粉症だと言ったら「じゃあおかあさん、この子も立派にアレルギー体質受け継いでます」と言われてしまった。
原因が特定できる場合ばかりとも限らないようで、ひとまず飲み薬をもらって様子を見ることに。
薬局の初回記入用紙に「好きな食べ物」欄。
まだ赤ちゃんだから別に書かなくていいんだけど、
可愛いから「その他」のとこに「ミルク」って書いておいた。
薬剤師さん、見つけてくれたかな。