Yahoo!ニュースを見ていたら、お笑い芸人の横澤夏子のインタビュー記事が出ていて、その見出しが「『飛びつきたい仕事なのに…』子育てとの両立に悩みも 目標を2035年にする理由」というあまりにも気になるタイトルだったので、思わずクリックしてしまった。
少し前、まさにそんな状況が自分に訪れていたからだ。
本当は飛びつきたいぐらいの仕事なのに、上の子の保育園が延長できるか、下の子のベビーシッターさんの時間が空いているか、夫の仕事が調整できるかを確認して、3つが噛み合わないと受けられない。
上の子を産んで復帰したての頃は、断るたびに「あぁ、せっかく呼んでもらったのに!」「この番組も出られないのか……」と毎回打ちのめされて、焦りもありました。
(中略)
――やればできるはずの仕事を断るのは本当につらいですよね……。
つらいです!(中略)マネージャーさんには「めちゃくちゃ出たかったって、やる気だけは前面に出して返事してくださいね」ってお願いしています。悔しい気持ちだけは伝わってほしいので。
また次のチャンスがあるのかという焦りもあります。でも今は生活が回ることが優先なんだと毎日、自分に言い聞かせているところです。
今少しだけ働いている職場から、来年もう少し仕事日数を増やさないか、というありがたい打診を受けたのが少し前のことだった。
総合的に見てとても条件のいい仕事だし、業務内容にも人間関係にも慣れてきた仕事をそのまま増やすというのは負担が少ないし、まさに「本当は飛びつきたいぐらいの仕事」だった。
だけど、そこに二人分の保育やりくりが加わると、途端に事は難しくなる。
特に来年は長男が小学生になり、今年と同じ働き方であったとしても生活リズムが読めない。
いろいろシミュレーションし、夫とも話し合った結果、非常にもったいない話ではあるけれど、今回は見送ろうということになった。
育児との両立の難しさに、とても理解のある職場なのが幸いだった。
気がつけば、(一時期を除いて)フリーランスみたいな働き方をずっとしてきたから、働き始めてこの方、仕事の選択には毎回心を揺らされてきた。
しばらくいい仕事はないかもしれない、と焦って手を挙げて後悔したことの方が多いから、結婚してからは「迷ったときはひとまず見送る」を選択するようにしたら、後悔することが(今のところ)ほとんどなくなった。
「迷ったときは見送る」ができるのは、ひとつには結婚して主たる収入が夫のものになり、それで生活が回っている、というありがたい状況のおかげだ。
もうひとつは、優先すべきことー子どもを授かること、子どもが授かった後は子どもとの生活を大事にすることーがはっきりしたからで、その基準に照らせば大抵のことはすっきりと判断がつくようになった。
それでも迷ったときは、夫に相談してみると、なんとなく方向性が見えてくることが分かった。
最初は、全く畑違いの人に相談してもあまり参考にならないんじゃないか、と思ったりしていたのだけれど、あぁでもない、こうでもない、こういうところがちょっと引っかかるんだけど、でもこの点はすごくいいんだよね、みたいなことを夫に話すうち、「その点だけだったら他にもまたあるんじゃない?」とか「そこの引っかかりがどの程度かだね~」とか言われて、「確かに...」と不思議と方向性が見えてくるのだった。
横澤夏子は、自分が45歳になる2035年を目標にしているという。
その頃には3番目の子が小学校高学年になってクラブ活動が始まったりして、子育ても少し落ち着いているはずなので、全力で仕事をしながら単独ライブもできるんじゃないかなって。「2035(ニーゼロサンゴー)横澤夏子計画」を掲げて気持ちを落ち着かせていますね。あ、3人目なんてまだ全然いないんですけど!(笑)。
うちは高齢出産だったから、目標を45歳に設定することはできないけれど、高齢出産だったことで、物事の優先順位がはっきりした気はしている。
高齢出産の私たち夫婦には、子どもたちといられる時間がそれほど長く残されていない。
子どもたちはきっとすぐ大きくなってしまうし、親に気力・体力があって一緒に何かを楽しんだり、何かを一緒に経験したりする時間は、たぶん案外短いはずなのだ。
今回見送った仕事も、結局は「それで得られるお金」と「(特にまだ子どもが小さい間の)時間」とを天秤にかけて、後者を選んだのだった。
仕事をしていない時間を、常に子どもと密に過ごしているかと言われればそうではなく、スマホを見たりドラマを見たり、片手間に子どもを見ていることも多い。
「だったらその時間をお金に」と思うことがないわけではないけれど、今回夫に相談したとき、「片手間でも、そこにいる、っていうだけでも大きいしね」と言ってくれて、少しホッとしたのだった。
自分でもそう思っていたけれど、言い訳になっているような気がしないでもないことだったから。
子どもがたちが大きくなり、自分がおばあちゃんになったときに、あれで良かった、と思える時間の使い方を、探り探り生きている。