タンタン麺と虹色のアイス

私の誕生日を数日過ぎた頃、息子が「ママ、これあげる」とお手紙を持ってきた。
「ままえ」と書かれた手作りの封筒を開けると、中にイラスト付きお手紙とケーキの絵。


ままえ
いつもいしょうけんめいごはんをつくてくれてどうもありがとう
ままがすきなゅちるゅちる(※ちゅるちゅる=麺類)わタンタンめんであてる(合ってる)?
にらめこがとくいなんでしょ

思わず笑ってしまった。タンタンめん...。
これは、最近うちで流行っているもので、よく行くスーパーでやたら売られていたから買ってみたインスタントの「川崎のソウルフード 元祖ニュータンタン麺」のことだ。

数ヶ月前のやたらと寒い日、急いでいるお昼時にたまたまこのタンタン麺のお店を通りかかった。
寒くて空腹だったから、とにかくあたたかいものでお腹を満たしたくて飛び込んだのだけれど、想像していたタンタン麺とは違って、ものすごくニンニクでどろどろしたスープ。
体はあたたまったけどリピートはないな~...と思っていたのに、なぜかしばらくすると「もう一回食べてみたいかも...」と思い始めた。
溶き卵が入っているのが、なんかクセになるのだ。
そんなとき、スーパーでその店のインスタント麺が売り出され始めて、試しに作ってみようかなと買ってみたら、これが案外イケる。
家で作ると適度にあっさり、自分好みに作ることができる。
いつの間にか夫もハマり、何度か作っていたら、長男まで「食べたい」と言い出した。
辛いから無理だよ、と何度か言ったのだけれど、以来「まるくん、とうがらしたべれたよ!」「しょうがもたべれる」「どろソース(←辛いソース)っておいしい」と、やたら「辛いもの食べられるアピール」をしてきたので、そんなに食べてみたいなら...と夫が与えてみると、意外にも「タンタンめんおいしい!」と息子までハマり、以来しばらく我が家でニュータンタン麺が流行っているのだった。

ただ、別に好きな麺類代表では全然ないけどね...(笑)と思いつつ、お手紙はありがたく受け取った。
どうやら、誕生日当日は慌ただしくて渡せないと思って事前に準備していたのを、事前すぎて渡すのを忘れてしまっていたとか。
虹色のアイスは「にじをかきたかったんだけど、おおきくなっちゃってにじっぽくなくなったから」アイスにしたんだそう(笑)

「タンタン麺にハマっていた年の誕生日お手紙」として、大事に取っておこう。

アグリカルチャーな夏

結婚前後の一年弱、夫と一緒に畑に通っていた時期があった。
農に興味があった私が誘って、隔週、片道2時間かけてある農園に行き、いろいろなことを教わっていたのだ。
一度メンバーになるとその後もずっとそこの畑に出入りできるから、今でも通いたい気持ちはあるのだけれど、その後子どもが産まれ、2時間かけて子連れで通うのは現実的に難しくなってしまった。
子どもがもう少し大きくなったらまた...と思いつつ、それまでにも少し子どもと一緒に通える畑がないかしらと探していたら、比較的近くに収穫だけさせてくれるところを見つけたので、収穫だけなんて今の私たちにぴったり!と急いで申し込んだのだった。

久しぶりの畑には、濃厚な土の匂い。
「あぁそうだった!懐かしい!」と一気に以前の気持ちがよみがえった。
収穫だけといえども、あれから七年近く経ち、子連れで畑は体力的に厳しいかなぁと思っていたけれど、土の匂いを嗅いだら急に「楽しい気持ち」にスイッチが入った。

夏野菜はナス・キュウリから少しずつ採れ始めているところ。
トマトはまだ、もう少しかな。
最盛期はラタトゥイユやカレーを何回も作れそう。

初夏の法事

週末は、義父の七回忌だった。

六年前の初夏に亡くなった義父は、あと数ヶ月で見られた初孫の顔を知ることなく逝った。
76歳だった。
たまたま、滅多にない夫の関西出張中に「お父さんが倒れた」という連絡が義母から入り、予定では一週間程度だった出張を途中で切り上げ、夫は実家に向かったのだった。
長男を妊娠中だった私はその日たまたま義実家方面に出かけていたのだけれど、夕方まで待って夫と合流し、親戚の車で病院に向かった。

結局それから数日して、義父は息を引き取った。
入籍してまだ一年経っていなかったから、私はそのお葬式で夫の親戚にいっぺんに会うことになり、夫の父方母方、遠縁の人から近縁の人まで混じっていたから、しばらくは「あれは誰だったっけ?」と混乱したものだ。

その後、一回忌、三回忌と法事があったけれど、お葬式とは打って変わって少数の身内だけの集まりになり(たぶん、田舎だから誰かを呼び始めたらキリがないのだろう)、盆暮れの帰省と変わらない感じになった。
それはそれで寂しいというか、メンバーに飽きる(笑)感じはある。
夫のきょうだいで子どもがいるのはうちだけで、他は結婚もしていないから、どうしても話がうち中心になってしまい、なんというか、出ていく情報に比べて入ってくる情報が少ないのだ。
集まるのはみんなもう高齢者といっていい年で、活動範囲も地元だから、あんまり新しい話題がない。
子どもの頃、親戚が集まれば「世間話」が始まり、誰それの子はどうしたとか、誰それが亡くなったとか、どこそこに子どもが産まれたとか、結婚してどこに引っ越したとか、そういう話が繰り広げられていて、子ども心に「ふ~ん」としか思わなかったけれど、大人になるとそういう「世間話」もけっこう面白いものだ。
「おぉ、あの人が」とか「あの子がもうそんな年に」みたいな、ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』を見ているような面白さがある。
だけど親戚もめっきり少なくなって、新しい子どももあまり増えず、そんな中で夫の結婚や子どもの誕生は、変化のない親戚界隈に久しぶりにもたらされたビッグニュースだったんだろうなと、今になれば思う。
病院に義父を見舞った帰り、夫の伯父(初対面)に車で送ってもらって軽く食事をしたのだけれど、そのとき来られなかった奥さん(夫の伯母)が「○○ちゃんのお嫁さん(=私)に会いたかった~!」と何度も言っていたと、車内で聞いた。
その気持ちも、今となれば合点がいく。
まぁ、その後すぐにお葬式になってしまったから、その伯母さんにもすぐ会えたのだけれど。

法事の帰りはすっかり夜になった。
亡くなったのが真冬や真夏だったりしたら、法事に行くのも毎回大変だったけれど、幸い(?)季節は良かったから、帰りは爽やかな初夏の夜だった。

次の法事は六年後。

高齢出産と時間

Yahoo!ニュースを見ていたら、お笑い芸人の横澤夏子のインタビュー記事が出ていて、その見出しが「『飛びつきたい仕事なのに…』子育てとの両立に悩みも 目標を2035年にする理由」というあまりにも気になるタイトルだったので、思わずクリックしてしまった。
少し前、まさにそんな状況が自分に訪れていたからだ。

本当は飛びつきたいぐらいの仕事なのに、上の子の保育園が延長できるか、下の子のベビーシッターさんの時間が空いているか、夫の仕事が調整できるかを確認して、3つが噛み合わないと受けられない。
上の子を産んで復帰したての頃は、断るたびに「あぁ、せっかく呼んでもらったのに!」「この番組も出られないのか……」と毎回打ちのめされて、焦りもありました。
(中略)
――やればできるはずの仕事を断るのは本当につらいですよね……。
つらいです!(中略)マネージャーさんには「めちゃくちゃ出たかったって、やる気だけは前面に出して返事してくださいね」ってお願いしています。悔しい気持ちだけは伝わってほしいので。
また次のチャンスがあるのかという焦りもあります。でも今は生活が回ることが優先なんだと毎日、自分に言い聞かせているところです。


今少しだけ働いている職場から、来年もう少し仕事日数を増やさないか、というありがたい打診を受けたのが少し前のことだった。
総合的に見てとても条件のいい仕事だし、業務内容にも人間関係にも慣れてきた仕事をそのまま増やすというのは負担が少ないし、まさに「本当は飛びつきたいぐらいの仕事」だった。
だけど、そこに二人分の保育やりくりが加わると、途端に事は難しくなる。
特に来年は長男が小学生になり、今年と同じ働き方であったとしても生活リズムが読めない。
いろいろシミュレーションし、夫とも話し合った結果、非常にもったいない話ではあるけれど、今回は見送ろうということになった。
育児との両立の難しさに、とても理解のある職場なのが幸いだった。


気がつけば、(一時期を除いて)フリーランスみたいな働き方をずっとしてきたから、働き始めてこの方、仕事の選択には毎回心を揺らされてきた。
しばらくいい仕事はないかもしれない、と焦って手を挙げて後悔したことの方が多いから、結婚してからは「迷ったときはひとまず見送る」を選択するようにしたら、後悔することが(今のところ)ほとんどなくなった。

「迷ったときは見送る」ができるのは、ひとつには結婚して主たる収入が夫のものになり、それで生活が回っている、というありがたい状況のおかげだ。
もうひとつは、優先すべきことー子どもを授かること、子どもが授かった後は子どもとの生活を大事にすることーがはっきりしたからで、その基準に照らせば大抵のことはすっきりと判断がつくようになった。

それでも迷ったときは、夫に相談してみると、なんとなく方向性が見えてくることが分かった。
最初は、全く畑違いの人に相談してもあまり参考にならないんじゃないか、と思ったりしていたのだけれど、あぁでもない、こうでもない、こういうところがちょっと引っかかるんだけど、でもこの点はすごくいいんだよね、みたいなことを夫に話すうち、「その点だけだったら他にもまたあるんじゃない?」とか「そこの引っかかりがどの程度かだね~」とか言われて、「確かに...」と不思議と方向性が見えてくるのだった。


横澤夏子は、自分が45歳になる2035年を目標にしているという。

その頃には3番目の子が小学校高学年になってクラブ活動が始まったりして、子育ても少し落ち着いているはずなので、全力で仕事をしながら単独ライブもできるんじゃないかなって。「2035(ニーゼロサンゴー)横澤夏子計画」を掲げて気持ちを落ち着かせていますね。あ、3人目なんてまだ全然いないんですけど!(笑)。

うちは高齢出産だったから、目標を45歳に設定することはできないけれど、高齢出産だったことで、物事の優先順位がはっきりした気はしている。
高齢出産の私たち夫婦には、子どもたちといられる時間がそれほど長く残されていない。
子どもたちはきっとすぐ大きくなってしまうし、親に気力・体力があって一緒に何かを楽しんだり、何かを一緒に経験したりする時間は、たぶん案外短いはずなのだ。
今回見送った仕事も、結局は「それで得られるお金」と「(特にまだ子どもが小さい間の)時間」とを天秤にかけて、後者を選んだのだった。

仕事をしていない時間を、常に子どもと密に過ごしているかと言われればそうではなく、スマホを見たりドラマを見たり、片手間に子どもを見ていることも多い。
「だったらその時間をお金に」と思うことがないわけではないけれど、今回夫に相談したとき、「片手間でも、そこにいる、っていうだけでも大きいしね」と言ってくれて、少しホッとしたのだった。
自分でもそう思っていたけれど、言い訳になっているような気がしないでもないことだったから。

子どもがたちが大きくなり、自分がおばあちゃんになったときに、あれで良かった、と思える時間の使い方を、探り探り生きている。

マイナーチェンジする夫

洗濯物を干していたら、一ヶ所だけ洗濯バサミが割れていたところが直っているのに気が付いた。
あれ?ここ、壊れてたはずなのに。

すぐに、夫の仕業だと気づいた。
夫はこういう、一ヶ所だけ壊れているとかが、なぜか放置できない性格なのだ。
私は、何十個かぶら下がっている洗濯バサミの一つが欠けても、まぁ使えるし、あといくつか壊れたら買い換えるか、ぐらいの気持ちで放置していた。
取り外すのも力が要りそうだし。
それを、取り外して、別の洗濯バサミを取り付ける(これまた力と道具が要る)という作業をわざわざやるぐらい、夫はここが気になったんだ...と思うと可笑しかった。

その数日後。
掃除機をかけている最中にキャスター付きのワゴンを動かそうとしたら、しょっちゅう外れていたワゴン横のバーがいつの間にか固定されているのに気が付いた。
何年も前、外れたパーツが何のパーツかずっと分からず、もういいかと捨ててしまってからここの留め具だったと気が付いたのだけれど、後の祭りで、以来ずっとバーがガタガタしていたのだ。
まぁ、あれば便利だけどなくてもなんとかなるバーなので、そのまま放置していた。
どうやら、これも夫は気になっていたらしい。
よく見ると、紙を器用に折り畳んだ詰め物と養生テープで、見えないところが補修されていた。

そういえば掃除機も、夫の手によってちょっとした修理がされている。
何年か前、掃除機の取っ手が一部割れてしまい、もう20年以上使っている掃除機だから仕方ないし、何とか使えなくもないうえ、取り外すのも付け替えるのも難しそうだったのでそのまま使っていたのだ。
夫はこれも、どうやらすごく気になっていたらしい。
あるとき、割れた取っ手がどうやったのか取り外されて、丈夫そうな紐に付け替えられていて、見た目はブサイクだけど安心して使えるようになった。

夫は本当に、こういう小さな補修をこまめにやる人だ。
助かるし、便利なんだけど、いつも「そこが!そんなに!気になってたんだ!」と笑えて仕方ない。
私なら、家で使うだけの、人目につかない日用品は「使えたら別にいい」と一部壊れても放置してしまいがちなのだけれど、夫は絶対こまめに直してくる。
たぶん、修理方法や道具を知っているのも大きいと思う。
夫が気になるポイントはだいたい分かってきた。
戸のがたつきとか、蝶番のズレとか、レールのすべりが悪いとか、玄関ドアの閉まる速度が早すぎる(または遅すぎる)とか、水平垂直が歪んでいるとか、そういうやつだ。
一方で、床がベタつくとか室内に持ち込んでほしくない汚れとか、その手で食材を触るのはどうかといった衛生面、あと洗濯物がしわくちゃになるとか、夏にヒートテックのシャツを着るとか、見た目のダサさとかにはほぼ無頓着。
そのへんは逆に私が気になるタイプで、夫にしょっちゅう口うるさく言ってしまう。

そんな夫の、最近の一食。
少し前に私が「香草パン粉焼きは居酒屋で絶対頼む」と言っていたのを覚えていたらしく、この日のメニューは香草パン粉焼きだった。
私のイメージしていたサクサク感はなかったけど。
料理には細かさが発揮されないのが不思議。

人生にいつもあるとは限らないもの

何ヵ所かで見て気になっていた本が図書館にあったので借りてきた。
上田信治という人の『成分表』。
表紙がマヨネーズ。

まだ読み始めたばかりなので分からないけれど、なんだか不思議な雰囲気のエッセイ集だ。
著者が俳人ということもあるのかもしれない。
散文なのに、詩集とか写真集みたいな雰囲気がある。

最初の一篇に出てきた一節に、早くも心奪われてしまった。

それは人生に、いつもあるとは限らないものだ。

分かる、と思った。
人生に、いつもあるとは限らないもの。
あるいは、必ずしも人生にあるとは限らないもの。
そういうものっていくつかある。

たとえば、大恋愛。誰かをものすごく好きになることや、そういう相手に出会うこと。
好きになった人が、自分のことも同じくらい好きになってくれること。
恋愛ではなく、いわゆる「ソウルメイト」と呼ばれる存在もそうだ。
なぜか分からないけどとにかく好きで仕方ない、一緒にいるだけで嬉しい。そういう友達や存在に出会うこと。
時間もそうだ。
そのときには思わなくても、後でふり返って、あぁ、あれはあの一時期だけの特別な時間だったのだ、と気づくことがある。

20代の終わりから30歳頃にかけて、小さかった甥っこに会いに、頻繁に姉の家へ遊びに行っていた時期があった。
お盆とか年末年始はもちろん、ちょっとした三連休があれば足繁く通っていて(新幹線に乗る距離だったけど)、運動会とか七五三といった行事はもちろん、特に何でもない日常のおでかけにもしょっちゅう同行していた。
少し遠い大きめのショッピングモールに行くとか、新しい家の庭に植える木の苗を買いにホームセンターに行くとか、甥っこのサッカー教室お試し体験とか、そういういろんな場面に居合わせていた。
いまだによく「あのときも一緒にいたのか!いつでもいたな!もう住んでたんじゃないの?」と笑い話になるほど。

そんな時間の中で、一時期よく行っていたオシャレ雑貨屋があった。
大手のインテリアショップとコラボしている、田舎の割にハイセンスな雑貨屋で、食器や調理器具やオブジェ、まだまだ欲しいものがたくさんある頃だったから、ただ見に行くだけでも楽しかった。
あるときそこで「わ!これ可愛くない?!」と二人とも目を留めたマグカップがあって、「いやこれ絶対可愛い。しかも安い。買おう!」となり、お揃いで買うことになった。
確か1500円ぐらいだったと思う。
そういう、姉と私同時に目を付けて一緒に買ったものや、どちらかが持っていて後からもう一方が真似したりして、お揃いや色違いで持っている雑貨が、私たち姉妹にはたくさんある。

このとき買ったマグカップは今でも割らずに持っていて、スタメンではないけれど時々登場する。
中に茶漉しと蓋がついているのが便利だったのと、プリントされている絵が可愛かったのだ。
アリが行列を作っている絵で、ぐるっと一周した先にお菓子が現れる。

時々(主に寒い季節)このマグカップを使うと、あの頃のことを思い出す。
この絵が即「買おう!」となるほど可愛いと思っていた、20代の頃の私たちのことを。
今だったらたぶん二人とも即「買おう!」とはならないと思うのだ。
それは、30代、40代を経て目が肥え、手が届くものの値段も上がり、モノが増えて収納のことも考えるようになって、持ち物を厳選するようになったから。
だけどそれは、この頃にちょっとした雑貨をたくさん買って、所有欲がある程度満たされたせいでもあるだろう。

小さな男の子を連れて、仲良くキャイキャイ言いながらお揃いのマグカップを買って行った20代の姉妹のことを、微笑ましく思い出す年代になった。
あれは、人生にいつもあるとは限らない時間だった。

5歳7ヶ月

最近の長男の記録。

ひらがながひと通り読めるようになって、文字を使った遊びができるようになった。
かるた、すごろく。
写真は、五味太郎のカード遊び「しりとりぐるぐるカード」をしているところ。
しりとりするようにうまく並べていくと、カードがぐるっと輪になって、最初と最後がつながるのだ。
これは十年以上前、幼稚園児だった甥っこに私がプレゼントしたもの。
久しぶりに見たけど、よくできているなぁ。

長男は最近「お金」への興味が出てきたようで、「ねぇ、おかねでなにかかってみたい」と言ったり、「おかねをもらえるゆめをみた」と言ったりするようになった。
5歳の、まだお金を使ったことのない子どもが、お金のことをどんなものだと認識しているのか、興味深い。

先日、久しぶりに会ったおばあちゃん(夫の母)に、お正月に会えなかったから、と遅れてのお年玉をもらった。
「やったー!」とすぐ自分のおもちゃ箱に入れようとするのを慌てて止めて、「このお金はパパが銀行に入れて、そのあと袋はあげるから」と言うと、ものすごく納得いかない様子。
もっと小さいときはポチ袋さえもらえれば満足してたのに、今は中身にも価値を感じているらしいのが不思議。
ただ単に、自分にもらったものを親がそのままくれないことに納得してないだけなのかもしれないけど。

数日後。
幼稚園から帰るなり、「ママー!ぎんこうにわたさなくていいおとしだま、つくったよ!」。
ポチ袋だけかとおもいきや、中身もあって、天然パーマの野口英世風人物が(笑)
いつのまに千円札の絵を見てたのか。

二組あるのは「ふくちゃんの分」ということで、わぁ、ちゃんと弟にももらったことを意識してたんだなぁとびっくり。

こちらは、親向けに何かでもらった虐待予防のためのハンドブック。
絵本みたいな絵が描いてあるから気になったようで、見たいというので「これ、何の絵だと思う?」と聞いてみた。
いくつかあるどの絵も、「○○っていってる」と、迷うことなく子どもに感情移入して説明するのが面白い。

「これは?」と聞いてみると、「『ポテトチップスがたりない!もっとたべたかった!』って言ってる」と言うので、思わず噴き出してしまった。
「買って!」とかじゃなく、一回は食べたんだ(笑)
なのに「足りない!」って...しかも怒るって...。
そこで「怒る」というのがあまりにも長男らしくて、笑いながらも感心してしまった。

どんな大人になるのやら。