未遂

裁判員に選ばれかけたことがある。
都民になって数年目の秋のことだ。

選ばれかけた、というのは、実際には選ばれなかったから。
それでも、裁判員制度や裁判というものが急にぐっと身近になる体験ではあった。

裁判員に選ばれると、いろいろな守秘義務が生じるらしい。
「候補者になった」ということすら、確かその裁判が済むまでは公表してはいけないとかなんとか(うろ覚え)、いろいろあった気がする。
とりあえず、今はもう問題ないのでこうして書いている。

新しい職場に移って一年目の秋のことだった。
突然、「あなたが裁判員の候補者になりました」というような内容の封書が届いた。
今後の手続きについての詳しい説明が同封されていて、指定の日時にどこそこへ来るように、と書いてある。
そこで、候補者の中から実際に裁判員になる人が選ばれるというのだ。
通知が来たイコール裁判員、ではないことも、そのとき初めて知った。

もちろん、びっくりした。
まず、裁判員ってほんとに来るんだ...と。
しかも都民になってまだそんなに経ってないのに。都民、めちゃくちゃ多いのに。
その次に、手続きの急さに驚いた。
確か、呼び出された日までそれほど間がなかったうえ、その日に裁判員に選ばれると、もういきなりその日から裁判に関わることになるというのだ。

実際に選ばれるかどうかは分からないものの、選ばれてから休みを取るとなると、複数日休まなければならないので、まず職場の上司たちに「かくかくしかじかで...」と事情を説明し、何日か休むことになるかもしれないと伝えた。
上司たちももちろん、びっくり。
誰も周りにそういう人がいなかったようなので、やっぱりそれほどあることではないみたいだった。

呼び出された日に時間休を取って行ってみれば、私が想像していた人数の数倍の人が集められていた。
「各人忙しい中来てもらっている」ということへの裁判所の配慮があちこちでひしひしと感じられ、事はとてもシステマティックに、テキパキと進められた。
関わる裁判の内容(事件)がここで公表される。
聞いてびっくりした。知っている事件だったのだ。
というか、そういう耳目を集める事件だから裁判員裁判になるわけだけれど。
記憶があやふやだけれど、たぶん、その事件の関係者とかを省くために、事件の説明がなされたのだったような気がする。

その後すぐ抽選があって、あっという間に裁判員が決まり、私はあっさり外れた。
裁判員とその補欠みたいな人たちだけが別室へ移されて行き、外れた人はもう帰っていいですよという、とにかくスピーディーな手続きだった。
ただその後、「各人忙しい中来てもらっている」ということへの配慮だろう、普段は入れない法廷を特別見学できます、みたいなツアーがあって、希望者はお残りくださいと言われた。
だいたい半数ぐらいの人が残ったかな?という記憶。
見学好きの私は「そりゃ行くでしょう!」という感じで、その後のツアーに参加し、ほぅほぅと感心しながら見学を終え、職場に向かったのだった。

なぜこんなことを思い出したのかというと、先日書いた「見学マニア」のひとつに、一時期裁判の傍聴があったのを思い出したからだ。
と言っても、実際足を運んだのはほんの二、三回だったけれど。

候補者になったことで、もしかしたら自分が関わったかもしれない事件のことが気になり、その後初公判の日に傍聴に行った。
けっこう人気(?)の裁判で、傍聴券が配られていた。
運よく当たったので初公判を見ることができたのだけれど、刑事裁判というもの自体初めてだったし、とにかくすべてが目新しくて、あれはなかなかに得難い体験だった。

その後しばらくは、傍聴情報サイトを見ていた記憶がある。
裁判の傍聴というのは意外と簡単にできて、傍聴券が配られるような事件は別だけれど、そうでなければ当日ふらりと行っても入れるのだ。
特に民事は、部屋の前に何の争議か掲示がしてあるので、それを外から見歩くだけでもなかなか興味深い。

平日オンリーだからだんだん自然と行かなくなってしまったけれど、いつかまた、行ってもいいなと思っている。
あんなに簡単に、すごい情報量の社会勉強を、しかも無料でさせてもらえる場所って、なかなかない。
子どもたちが高校生ぐらいになったら、一度一緒に行ってみてもいいなと思う。
傍聴でなくても、裁判所という場所に踏み入れるだけでも、かなり刺激的だから。
世の中に傍聴マニアがいるのは、さもありなんと思うのだった。