Hospitality in the hospital

一年に二度ほど診てもらう定期検診のため、いつもの病院へ。
せっかくの一人時間なので帰りは少し回り道して雑貨屋さんに寄っていたら、あっという間に日が暮れて、家路を急ぐ景色はもうすっかり冬なのだった。

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検査の結果はいつも通り大きな変化なく、いつもの先生がいつもの診察をして、また次の予約を入れる。
何も変わりはないから診察は3分ほどで終わり、席を立とうとすると、先生が思い出したように「お子さんはお元気ですか」と世間話のように尋ねてきた。
「えぇおかげさまで...下の子も一歳過ぎて、上は五歳になりました」と答えると、先生は「そっか、もうそんなに...」と独り言のように呟いて、二言三言交わし、じゃあまた半年後に、と言い合って診察室を後にした。
診察室のドアを閉めながら、そうか、この先生とももうずいぶん長いつき合いになるのだと、感慨深さが胸に広がっていくのを感じていた。

三十代の初め、ある小さな症状がきっかけで念のため検査を受けてみたら数値の異常が見つかり、そのときは何事もなかったけれど、何かのきっかけで治療が必要な状態になることもあるかもしれないから、定期的に受診して経過を見ましょう、ということで数ヵ月ごとの病院通いが始まった。
病院は嫌いな方ではないのと、通院のときは表立って平日に仕事を休めるのがひそかな楽しみで、キチンキチンと定期的に通院を続けていたら、まもなく大きな引っ越しを伴う転職をすることになった。
「向こうでも定期的に診てもらった方がよいので紹介状を書くから、どこか行きたい病院があれば教えてください」と当時の主治医に言われ、
引っ越し先の近くに私でも知っている東京屈指の病院があったので、そこへ紹介状を書いてもらったのが、今通っている病院だった。

初めの一、二年は今と違う先生で、あるときちょっとしたことでその先生になんとなく引っかかりを覚えていたとき、ちょうど先生の異動が重なって、同じ病院の今の先生の診察日に通うことになった。
新しい先生(つまり今の先生)は、たぶん相当優秀な頭脳を持ったエリート医師なのに偉そうなところがまったくなく、患者を呼ぶときもベルや放送ではなく毎回自らドアを開けて招き入れ、どうぞどうぞと椅子を勧め、説明も丁寧で分かりやすい。
年の頃は私より少し上のようだけれど、物腰が老長けてこなれているからそう思えるだけで、もしかしたら大して変わらないのかもしれなかった。

かかり始めて2,3年した頃に夫と結婚することになり、苗字が変わって保険証の名前が変わったので一応先生にも報告すると、おめでとうございます、もし今後妊娠とかされると身体の状態が変わることもあるので、また定期的に見ていきましょう、と淡々とお祝いを述べられた。
その頃だったかその前だったか、先生の薬指に指輪があることにふと気づいて、あぁご結婚されているんだな、やっぱりこういう先生は奥さんも優秀なお医者さんなんだろうか、それだと忙しそうだな~と思ったりしていた。

そうこうするうち私は長男を妊娠し、妊娠によって大きく体調が変わることもなく無事出産し、数年経ってまた次男を妊娠した。
受診はいつも夫の休みの日に一人で行っていたのだけれど、次男の妊娠中、一度だけ長男を連れて受診しなければならなかったことがあった。
独身の頃から長年診てもらっている先生に長男が会うのはちょっと不思議な気分だったけれど、まぁこの先生のことだからきっと淡々と終わるのだろうなと思っていたら、意外にも先生は長男に関心を示した。
「こんにちは」から始まり、いくつか質問する様子を見ていると子どもに慣れている感じがして、あれ、先生子どもがいるのかなと思っていたら、「しっかりしてますね~。年長さんですか?え、年少?すごい、しっかりしてる。うちの子がこれぐらいのときはもっとおバカだった気がする...」と先生。
わぁ、やっぱり子どもがいるんだ、しかもうちより大きい子がいたんだ、と急に親近感が湧いた。
同時に、いつになく先生の口数が多くなったのが内心ちょっと可笑しかった。

それ以降、次男が産まれた後の受診のときには「おめでとうございます。けっこう大きかったですか?」と話しかけてくれたり、今回みたいに時折子どもの様子を訊いてくれたりする。
先生が子持ちと分かって私が親近感を抱いたのと同様、もしかしたら先生の方でも、私が子持ちになって話しやすくなったのかもしれない。
子どもや子育ての話題というのは、共通することが多いから雑談にもってこいなのだ。

十年近く前、この先生にかかり始めた頃は、先生と子どもの話をすることがあるとは思ってもみなかった。
いつまでお世話になるかは分からないけれど、相性の良いドクターなので、できれば私の通院が不要になる頃までずっといてほしい。