七五三だった

秋晴れの休日、五歳の長男の七五三へ。

13年前甥っこが着た子ども用スーツをお下がりでもらっていたので、幼稚園の入園式以来、一年半ぶりに袖を通した。
入園式のときはブカブカで、上着は大きすぎて使えずズボンの裾もだいぶ縫い上げていたというのに、今やぴったりのサイズ。
卒園式と小学校の入学式まで、なんとかサイズがもってほしいのだけれど。

今回はコロナの状況が落ち着いていることもあって、四年ぶりに実家の母を東京に招いての七五三となった。
昨年産まれた次男を母に会わせる機会をずっとうかがっていたのだけれど、長距離移動ということもあってなかなか叶わず、感染拡大で二度ほど計画が流れての、ようやく叶った上京だった。

着付けができる母が来ることになったので、たんすの肥やしになっている着物を引っ張り出す良い機会と、私は和装で行くことに。
年をとって自分の着付けがしんどくなったからと、大量の着物をこれまたたんすの肥やしにしていた母も、「もう着る機会はないし、今回を着納めにする」と、頑張って和装で行くことになった。

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私が前回着物を着たのは四年前。
着物好きの母が、別に要らないと言う私を強く押し切って買ってくれた着物は、40代になったあたりからだんだん重宝するようになった。
体型が変わっても着付け次第で着られる着物は、こういうハレの日に長く使えるのがなかなか良い。
まぁ、着付けができる人がいないとなかなか気軽には着られないという難点はあるけれど。

予約したお寺は、休日ということもあって七五三の人もちらほら。
七五三って神社なのかと思っていたら、お寺でもありらしい。

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他の数組の家族と一緒に、ご祈祷をしてもらった。
「まるちゃんのお名前が呼ばれるから聞いててね」と長男に言っておいたら、慣れないご祈祷の言葉のどこで自分の名前が出てくるのだろうと、真剣に耳を傾けていた長男、「○○△△」と名前が出てきた瞬間、なぜかおずおずと立ち上がった。
どうやら、呼ばれたら何か反応しないといけないと思ったよう(笑)
声を出しての返事は誰もしていないから、起立するのかなと思ったのだ。
「大丈夫、聞いてるだけでいいんだよ、座ってていいよ」とささやくと、ホッとしたように腰を下ろしたので、夫と顔を見合わせながら笑いを噛み殺したのだった。
後で夫と「あれは可愛かった...」とこっそり反芻。

千歳飴とお札や御守りをもらって、七五三は無事終了となった。

秋の終わり、紅葉真っ盛りの、佳い一日。