冬の能登④ 二日目 雪の輪島で一日過ごす

翌朝は、まだほんのり薄暗い時間の町内放送で目が覚めた。
確かまだ6時台。
いくら何でも早すぎるんじゃ...と思いながらよく聞くと、給水車がどこそこに来るという放送。
えっ、断水...?と不安になってトイレがてら洗面所に行くと、ちゃんと水が出たのでホッとして、再び布団に潜り込んだ。

布団の中でスマホのニュースを見ると、なんと輪島地域が水道管の凍結で断水していた。
ただし後で宿の人に聞くと、局地的に宿のあたりは免れていたそう。
宿も断水だったら宿泊どころではなく、大変になるところだった。

この日は本当は、夫が行きたがっていた能登半島先端を回る予定にしていた。
しかし昨日の道路状況を見る限り、先端に行けば行くほど除雪されていない可能性が大。
さすがに夫も諦めて、今日は車を使わず、徒歩圏内で観光しようということになった。

幸い宿は街の中心部に近く、徒歩圏内には有名な輪島朝市がある。
が...果たしてやっているのか?
ネットで見る限り中止とは書かれていないので、お店は少ないかもしれないけど行ってみよう...と出かけてみたところ、見事に一軒も出ていなかった。

チーン。。

本来は、連なる常設商店の前に、周辺各地から来た店主が店を出しているのだそう。
たまたま歩いていた近所のおばさんによると、さすがにこの雪でリヤカーが引けない・風もあって店のテントが張れないので、今日はとうとう一店も出ていない...とのことだった。
「日本一の朝市」と謳われる輪島の朝市、見てみたかった...。

ちなみに、宿からここまで歩くのに通常なら5分、子連れでも10分あればという距離なのに、この日は大雪で倍ぐらいかかった。
このままもう一度宿に戻れば、大人も子どもももう外に出る気がなくなるのは目に見えている。
せめてお昼ごはんまでは食べてから宿に戻りたい。
でもお昼までにはまだ一時間以上時間がある。
そこへ、よく見ると営業している一軒の喫茶店が目に入った。

中を覗いてみると、常連さんとおぼしきおじさんたちが一斉にこちらを見ている。
その雰囲気に気圧されて一度は諦める私たち。
しかし、営業しているお茶処は見渡す限りその一軒。ネットで調べるとかなり高評価の老舗。
夫は渋っていたけれど、私の飲食店センサーは「ここは当たりの店」だと言っている。
小さな子どもたちを連れてこのままお昼まで外で過ごすのも現実的でないし、暖を取れば大人も子どもも復活するからと、ここに入ることにした。

子連れでもいいかと断って入ったところ、よく聞き取れなかったけれど、店主のおじさんは最初「今日は休みだけど...」みたいなことを言っていて、でもどうぞとかなんとか言ってくれたので、隅の一角に陣取らせてもらうことにした。
本当は常連さんだけ入れる臨時休業?だったのかも。
でも店主のおじさんは親切ないい人で、常連さんたちも外から見るほど怖くなく、私たちが席についたのを見届けると、またすぐに自分たちの雑談に戻っていった。

中はとてもいい感じの老舗喫茶。
それぞれあたたかい飲み物を頼み(コーヒーはかなり美味しかった)、次男には早めのお昼も兼ねてサンドイッチを与え(すごく美味しかったので他のみんなもちょっとずつ食べた)、外とは打って変わってあたたかいストーブの店内で、眠気に襲われながらしばしまったりと過ごした。
奥のTVでは地元の大雪ニュース。常連さんたちはひたすら断水の話。
夫と私はスマホでランチ処を検索しながら、この後の予定を立てることにした。
観光で使うはずだった地元のクーポンは、飲食で使い切らないと余る恐れが出てきたので、クーポンを使えるお店の中から良さげなところを検索。
肉系か魚系かで迷った末、やっぱりせっかくだから魚をもうちょっと堪能しようと、居酒屋がやっているランチに決定して店を出た。

茶店からランチのお店までは、普通なら徒歩10分。
しかし、すでに15cmぐらいの積雪に加え、また新たな雪が降り出し、しかも吹雪いてきた。
傘は持っていても意味がないので持たなかったけれど、丸腰で外を歩くにはかなり厳しい天候...しかも子連れ...。
歩道はもう雪が深すぎて歩けないので、ほとんど車が通らないのをいいことに車道の轍の上を歩き、体感的には30分ぐらいかかってようやく居酒屋にたどり着いた。

時間が遅かったこともあり、お客は私たちだけ。
ここのお店のお兄さんもとてもいい人で、子連れでも嫌な顔ひとつせず、先に子どものごはんを出してくれたり(子どものごはんを先に出してくれるお店というのはたいてい子連れウェルカム)、こちらの質問にも愛想よく応じてくれたりした。
そして、肝心のランチも大正解。

左上の刺身にフグ(の湯引き?)が入っていて、ポン酢で食べるそれがめちゃくちゃ美味しい。
輪島は実は天然フグがよく獲れるのだそう。
焼き魚は、鶏の唐揚げか何かを魚に変更可とあったので変更したら、こちらもとても美味しかった。
そしてここでもまた、白米が激うま。
能登はお米が美味しいんだな。

美味しいランチに大満足して、あとは吹雪の中また歩いて宿に戻る。
今日はもうそのまま宿で過ごすつもりだったので、なかなかの吹雪だったけれどゴールの宿まで頑張った。
宿に着いた後、布団を敷いて子どもたちは強制お昼寝。
その間に夫は地元クーポンを使うため、最寄りのコンビニに買い出しに行った。

部屋に冷蔵庫はないけれど、窓と障子の間は冷蔵庫ぐらい冷えていて、滞在中はここを「冷蔵庫」と呼んで、飲み物やデザートを保存していた。

一日目はお客が私たちしかいなかったけれど、二日目のこの日はもう一組のお客が入っていたので、早めのお風呂に入ってあったまることに。
ここのお風呂は温泉で、大浴場というには小さいけれど、4,5人は同時にゆったり入れる大きさ。
24時間お湯が湧いていて、「家族風呂」「男風呂」「女風呂」のいずれかの掛け札をかけることになっている。
男女の札がかかっているときは、家族以外でも同性なら入れる仕組みで、なるほどと思った。

子どもたちがまだ寝ていたので、私は一人でゆっくりお風呂。
雪の中を歩いた後の身体が芯から暖まる。

こういう小さな温泉に入ると、いつも思い出す場所がある。
妊娠6ヶ月の新婚旅行で行った、礼文島の北端の宿だ。
小さな温泉だけれど広い窓一面に海が見えて、その海のずっと向こうはもうロシアで、なんとも言えない風情があった。
そこの脱衣場でちょうど湯から上がってきた60代ぐらいの女性と一緒になり、その女性が私の大きなお腹を見て「まぁ、何ヵ月ですか?」と声をかけてきた。
聞けばその女性の娘さんも妊娠中らしく、予定日も同じくらいで、ひとしきり盛り上がった。
すべらないよう最新の注意を払って入った温泉は、離島の端っこのせいか夏だったせいか虫も多く、カマドウマのような飛び上がる虫が隅っこにいて、こちらが飛び上がったのを覚えている。
それでもなんだか楽しかったのは、初めての子を身籠っていた嬉しさだったか、最北の島についに来られた高揚感だったか。

輪島の宿の温泉は、その最北の宿の温泉にどこか似ていた。

お風呂を上がり、夕食を待つ間にも雪はまた降り積もる。
「明日帰れるかなぁ~」と言いながら、ぬくぬくした部屋で雪を見て過ごす、二日目の夜であった。