北海道旅行記⑥四日目後半 風の通る場所、ツブ貝との死闘

宿から来た道を戻る形で車を走らせること30分。
次の目的地は、ニセコで有名な高橋牧場。
牧場と名前は付いているけれど、動物がいるわけではない。
乳製品を使った加工品の物販や、レストラン、カフェ、そして何より羊蹄山がとてもきれいに見える絶好の写真スポットなのだ。

ここへ来ると特に感じるのだけれど、ニセコや真狩といった、羊蹄山を囲むエリアは風の通りがいい。
いつ来ても気持ちのいい風が吹いていて、それが、私がこの土地を好きな理由のひとつだなと思う。
地形的な何かがあるのかもしれない。
海からほどよく離れているから湿気も少なくて、夏や秋は本当に気持ちのいい気候なのだ。
もちろん、世界的に優れたパウダースノーが積もる冬は冬で、景色が最高。

だいぶ遅めのランチは、高橋牧場内のビュッフェレストラン「PRATIVO」。
イタリア語で牧場という名のこのレストランでは、新鮮な野菜を使ったランチが食べられる。
店内はすべての席から羊蹄山がきれいに見えるようになっていて、こんないい天気の日にはうってつけなのだった。

私が高橋牧場を知ることになったきっかけは、飲むヨーグルトだった。
何度目かの北海道旅行で、あるときたまたまこのヨーグルトを飲んで、そのおいしさに病みつきになったのだ。
甘味と酸味のバランス、濃厚だけれどドロドロではない粘度のバランスが素晴らしく、これを超える飲むヨーグルトにはいまだ出会っていない。
その、高橋牧場飲むヨーグルトが、このレストランPRATIVOではなんと飲み放題なのだ。
まぁ、大人だからカロリーを考えてそんなには飲まないけど...(ほんとかな?)。

ランチビュッフェは、品数はそこまで多くない(というかビュッフェにしては少ない)ものの、どれを食べてもすごくおいしかった。
味付けも本格的だし、食材の良さも大きいのだろう。
色とりどりの野菜はもちろん、肉(ローストビーフ)も玉ねぎソースがとてもおいしくて、何度かおかわり。
じゃがいものグラタン、ジェノベーゼのパスタは長男が気に入って何度もおかわり、カボチャのポタージュは次男が大ハマり。
デザートでは、牧場内で販売もしているカステラが激うまだった。

北海道はほんと、何を食べてもおいしいなぁ。
海の幸はもちろんだけれど、乳製品に野菜、肉と、苦手分野はないんじゃないか?北海道の食材。

たっぷり食べて満腹になる頃、ランチタイムもCLOSEとなった。
外に広がる芝生エリアは無料で出入りできる。
羊蹄山をバックに写真が撮れるので、ひっきりなしに誰かしらが来て写真を撮っていた。
私たちも、写真を撮ったり、お土産を物色したり。

そうこうするうち日も傾いてきたので、そろそろ高橋牧場を後にすることにした。
遅い時間にランチを食べたので、さすがに晩ごはんはおつまみ程度でいいよね、ということに。
ただ、地元のスーパーを覗いてみたかったので、以前行って海産物の充実ぶりに感激した、倶知安マックスバリュで買い物をして帰ることにした。

また15分ほど車を走らせて、マックスバリュへ。
どこの郊外にもあるような、ダイソーやドラッグストアが併設された、大きな駐車場のあるマックスバリュだ。
車を降りると、羊蹄山が先ほどまでとはまた違った姿で目前に迫っていた。
まさに赤富士。

夕方遅くのスーパーには、残念ながらあまりいいものが残っていなかった。
その代わり商品が割引になり始めていて、ふと見ると大きな真ツブ貝が半額に。
ツブ貝好きの私、5個で150円という破格の安さに、調理したこともないくせに思わず手を出してしまった。
近くにいた店員さんに調理方法を簡単に聞いて、まぁあとはネットで調べればいいやとお買い上げ。
これが不幸の始まりだった。

持ち帰って早速ネットで検索。
ふむふむ、まずは貝から身を取り出す...え、加熱前に取り出すの?
ネットには、トンカチを使って殻を割ると書いてあるけれど、さすがに旅先にトンカチはない。
千枚通しみたいなものでうまく巻き取りながら取り出す方法もあるけれど、調理器具がひと通り揃った宿とはいえ、さすがに千枚通しはない。
仕方ないので、尖った果物ナイフやフォークで格闘。
そうこうするうち、手がかなりヌメヌメしてきた。
よく読むと、ヌメりがあるので塩で揉んで茹でる、とある。
塩...塩は買ってなかった...。
横から見かねた夫が「もう諦めたら?」と言ってきたけれど、徒歩3分のところにセコマがあるので、意地で買ってくることに。
少量の塩はアジシオしかなかったので、とりあえずアジシオを買って戻り、さらに格闘すること数十分。
しかし生きた巻き貝というのは相当しぶとく殻にくっついていて、道具がほとんど丸腰な旅先では限界がある。
気づくと40分ぐらい経っていて、その時点で身を取り出せた貝は5個中1個、他は途中で身が切れたり、そもそもだいぶ奥に引っ込んでいて取っ掛かりさえなかったり。

さすがに敗北を認めざるを得ない。
ツブ貝、こんなに大変だったとは...。

取り出せた貴重な1個の身を切り開き、唾液腺という毒の部分を取る。
ここを食べてしまうと、めまいや頭痛という中毒症状が出るらしい。
取り方は動画でしっかり見ておいたのでけっこうスムーズだった。

横から夫が「残りはどうするの?」と訊くので「捨てるしかない...」とうなだれる私。
すると、さっき「諦めたら?」とか言っていた夫が「捨てるんだったら、ちょっと殻割ってきてもいい?」
いいけど、どうやって...?と思っていると、私が負けた残りの貝を持って、外へ出て行く夫。
しばらくすると、駐車場の方からガツン!ガツン!と不穏な音が聞こえてきた。
どうやら縁石にぶつけて殻を割っている模様。

これはもう、調理というより殺戮の様相。
あまりの死闘に笑えてきたところに、夫が戻ってきた。
「ダメっぽいやつもあるけど、けっこういけそうなやつもいくつかあるよ」。
援軍により闘志を取り戻した私、そこからまた闘いを再開し、最終的に5個中3個半の身をなんとか取り出すことができたのだった。

一時間強をかけてさばいて茹でて、食べられる状態にまで持ってきたツブ貝。
東京ではこんな立派な真ツブがこんな値段で売っていることはないから、きっとしばらくさばくことはないだろうけれど、次にさばくときはトンカチでひと思いにやってやる...と、無駄に荒々しい気持ちになる、北海道四日目の夜であった。