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半年に一度の経過観察で病院へ。
今回も特に大きな変化はなく、いつも通り5分程度で診察を終えた。
また半年後に次回の予約を入れることにして、日程の相談に入ったとき、ドクターが「あ、そうか」と思い出したように言った。
「僕、4月から別の病院に行くことになったんです。なので、半年後は別の医師になるんです」。
突然のお別れ宣言だった。

東京へ来て12年、そのうち10年以上をお世話になったのがそのドクターだった。
その間に私は、仕事を変わり、いくつかの出会いと別れを経て、結婚し、引っ越しし、一人目の子どもが産まれ、二人目の子どもを授かるために試行錯誤し、授かったもののすぐにお別れとなった子が一人いて、ようやく次の子どもが産まれた。
試行錯誤の間に、もしかしたら予防的にちょっと薬を飲んでみてもいいかもしれない、ということで、その間は2,3ヶ月おきにそのドクターのもとへ通っていたと思う。
二度目の出産の後また通院は半年毎になり、そうしてついにお別れの時がやってきたのだった。

...というこの10年の出来事が一瞬の間に頭を巡り、なんだかその間をずっとそのドクターに見守ってもらっていたような気がしたのだけれど、考えてみれば数ヶ月に一度、5分~長くても20分ほどの時間を診てもらっていたに過ぎない。
ドクターからしたらもっと深刻な病状の患者さんはたくさんいただろうし、10年以上とはいえ、外来で数ヶ月に一度だけ会う患者は、きっとたくさん見ているうちの一人なのだ。
「次回はまだどの医師になるか分からないので、再来の枠で予約だけ取っておきますね」とさらりと言われ、最後の診察はあっさりと終わったのだった。

少しだけしんみりしつつ、診療科の窓口やら会計窓口を流れ作業で回り、大病院ならではの長い会計待ちに入ってから、渡された紙を見て「おぉ!」となった。
会計待ちの番号と、次回の受診日の数字がゾロ目。

いや、まぁ「だから何だ」なんだけど。
なんか、すごいではないか。
10年越しのドクターとのお別れの日に、シックスセンス的な何かが。

会計を終えたのはちょうどランチ時。
昔のことを思い出したせいか、久しぶりに以前住んでいたあたりに行ってみたくなった。
というか、そもそもその病院は以前住んでいた場所のまぁまぁ近くなのだけれど。
いくつか迷ったお店の中から、私がいた頃にはなかった、気になっていたお店に行ってみることにした。

台湾料理のお店。
私が暮らしていた頃は、徒歩圏内にいい感じのお店が本当にないエリアだった。
一軒だけあった美味しいカフェもビルの老朽化とかですぐになくなってしまって(その割にそのビルは空きテナントのまま、今もまだあった)、あとはマクドナルドとかすき屋みたいなチェーン店ばかり。
なのに私が引っ越してから数年したら、ちらほら、いい感じのお店ができ始めた。
いっつもそうなんだよな。

新しいお店は、なんとQRコードでメニューを見て注文するシステムだった。
「なんと」とか言ってる時点で、既にもう時代についていってない。
ついこの間家族で行ったお店もQRコード注文で、夫と「おぉ...!」とか驚き合っていたのだ。

食べ終わって会計するときも、同じページから「会計をする」ボタンを押したら、店員さんがやってきた。
店員さんが来るとは書いていなくて、クレジットカード払いか現地払いかを選ぶのはどこを押したらいいのかな~と探していたところだったから、急に店員さんが来てびっくりした。
「これは、ここを押したから来たんですか」と、若い学生みたいな店員さんに、おばあちゃんみたいに聞く私。
「そうです、お客様が会計したいっていうのがこちらに届くので」と教えてくれた。

びっくりしたけど、便利だな。
病院の会計もこれでいいのに。